【シャープ横断♪バトンリレー】第37走者◆ユーザーショックから学んだこと
◇はじめに
こんにちは。
小祝さんからバトンを受け取りました SBS事業本部 SWS事業部 パブリックソリューション開発部の金澤と申します。
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この度、小祝さんからこのような話をいただき、早速、どんなことをお話させていただこうかと考えたのですが、いざ考え始めてみると、内容が全く思いつかず、さらには、小祝さんのコラムの完成度が高く面白かった為、非常にプレッシャーを感じました。
とはいえ、私自身、入社から33年とそこそこ長くシャープで勤務させていただいたこともあり、業務の変更や、(業務で)やらかしたことは多少なりとも経験してきましたので、今回は、そのことについてお話させていただきたいと思います。 もし良ければ、最後までお付き合いください。
◇これまで経験してきた業務について
まず、入社して最初に配属されたのは プリントシステム事業本部 複写機事業部 第2技術部という部署でした。
ここでは、今で言うコピア・プリンター複合機の前身である複写機のソフトウェアの設計・開発業務を担当させていただいたのですが、入社直後ということもあり、ただでさえ何をどうしたら良いのか全くわからないところに、これまでソフトウエアの設計はおろか、プログラミングさえしたことなかった私にとっては、なんのことやらさっぱりわからないことだらけでした。
そんなこともあり、当時、私の職場コーチをしていただいた方は「えらいのが来たなぁ」と思われたのではないかと思います。
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その後、そんな私でも、小さなやらかしは数えきれないくらい起こしながら数年間頑張ってきたのですが、6,7年ぐらい経過したころ、ついに最初の大きなやらかしを起こしてしまいました。
当時、複写機のスキャナー部分の制御を担当していたのですが、ソフト的に、とある状況になるとコピーランプが点灯しっぱなしになる(消灯させないといけないタイミングでも消灯しない)という不具合を出し、さらに、そのランプは点灯してる間熱を発生させるものだった為、結果として発生した熱でキャビを溶かして変形させてしまうという、一歩間違えれば火災にもなりかねない問題を起こしてしまいました。
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当然ながらUS事項(USとは、ユーザーショックの略で、ユーザーに衝撃を与える事項)にもなり、当時、私の上長だった方には、不具合が発生したお客様のところに謝罪に行っていただきました。自分が出してしまった不具合にもかかわらず謝罪に行っていただいた当時の上長の方には、今でも申し訳なく思っています。
また、それと同時に、この不具合には予兆があったのですが、たまたまキャビの変形に至らなかった為、自分事としてとらえず見過ごしてしまいました。 改めて、自分の不具合に対する認識の甘さを痛感したのと同時に、以降は、不具合等の良くない情報が入った際には、「まず自分を疑うこと」を心掛けるようになりました。
◇担当業務の変更①
そんなことを経験してからさらに10数年が経過した頃、これまで担当していたコピア・プリンター複合機のソフトウェアの設計・開発業務(複写機を動かす為のソフトウェアそのものの設計・開発)から、コピア・プリンター複合機のソフトウェアオプションの生産反映業務(ソフトウェアそのものの開発・設計業務ではなく、ソフトオプションを製品化して生産つなげるまでの業務)に変わりました。
ソフトウェアオプションの生産反映業務では、構成表(製品に搭載される構成部品のリスト)を作成したり、同梱する部品の製造を外部業者に依頼したり、製品そのものの輸出管理処理を行ったりしたのですが、最初は、どれも初めて経験する業務ばかりで、非常に苦労したのを覚えています。
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データセキュリティキット(MX-FR51U)
ただ、そんな時でも、やはりシャープには良い人がたくさんいます。
構成表を作成いただくチーム方には、構成表を作成する為に私自身が必要になる作業を1から教えていただいたり、生産技術部の梱包を担当されていた方には、使用する梱包材はどんなものが良いかはもちろんのこと、同梱する部品の同梱方法までアドバイスいただいたりと、本当にいろいろな方に助けていただきながら、なんとか業務をこなしていくことができました。
その時に助けていただいた方々には、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。
◇担当業務の変更②
そこから10年ぐらいが経過した一昨年の6月に3回目の担当業務の変更があり、そこで、現在も担当するコンビニエンスストア向けのコピア・プリンター複合機及び、アプリケーションボックスの製品開発を担当することになりました。
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現時点では、未だ1機種も立ち上げていないことからまだまだ分からないことばかりですが、普段からコンビニをよく利用する私にとっては、これまでで一番身近に感じることができる製品の開発だと思いますので、これからも、製品化に向けて頑張っていきたいと思います。
◇業務以外のことについて
さて、ここまでは業務関連の話をしてきましたが、ここからは、業務以外のことについてお話しさせていただきたいと思います。
まず、今回、私を紹介いただいた小祝さんとの出会いですが、それには、大学から始めた硬式テニスが関係しています。
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入社して7,8年経った頃でしょうか。
彼や、彼以外の本社の硬式テニス部のメンバーから、「関西のテニス部のメンバーで試合に出てみないか?」と誘っていただいて、そこに小祝さんがいたことがきっかけでした。
当時の私は、奈良工場の硬式テニス部では活動していたのですが、他の事業所のテニス部のメンバーとは殆ど交流が無かったので非常に新鮮でした。
また、その後も、テニス以外では宴会に誘っていただくなど非常に良くしていただき、彼を含め、その時に良くしていただいたメンバーには本当に感謝しています。
ただ、いろいろな人と知り合えることになる硬式テニスなのですが、実は、大学に入学した当初は、硬式テニス部に入部する気は全くありませんでした(アイスホッケー部に入部しようと思っていました)。
それなのに、なぜ硬式テニス部に入部したのか?
それは、当時、私が通っていた大学では、クラブに入部する方法の1つとして、各クラブ毎に用意されたノートに自分の名前や連絡先を記入するという方法があったんです。 その時に、アイスホッケー部に入ろうと思っていた私はアイスホッケー部のノートに名前を記入したつもりだったのですが、間違えて硬式テニス部のノートに書いてしまったようで、その晩、私のところに部の先輩から電話があって、そのまま入部したというのがいきさつになります。
どうして記入間違いをしてしまったのか、今でもはっきりした理由はわからないのですが、いきさつがいきさつなだけに非常に恥ずかしい限りです。
もっとも、そんな恥ずかしいきっかけで始めた硬式テニスですが、そのおかげで、仕事だけでは出会うことの無かった人とも出会うことができましたし、さらには、今回このようなお話をいただくことができましたので、結果オーライというか、今となっては本当に良かったと思います。
それから、硬式テニス以外ではスキーをやっているのですが、こちらについては、私が小学生だったころに5年間ぐらい札幌に住んでいたことがあり、その時に始めたことがきっかけになります。
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入社から2~3年は会社の同期と年に1,2回行っていたのですが、結婚して子供も生まれてから数年間は全く行かなくなりました。
それが、再び行くようになったきっかけは、子供が小学校に入り、「1回、家族で行ってみようか」となって行ってみたことでした。 以降、子供も喜んでくれるし、家族で行くこと自体が楽しくて年に何回か行くようになりました。
その後、子供が中学に入りクラブ活動が忙しくなり、それ以降は家族で行くことは無くなったのですが、それと同時に地元にスキークラブがあることを知り、そこに入会させていただいたことで、そのクラブのメンバーと行くことが多くなりました。
もともと関東在住で入社をきっかけに関西に来た私は、これまで、会社以外で新しい人と出会うことは殆ど無かったのですが、このクラブに入れていただいたおかげで、会社以外の人と出会うことができ、さらに楽しい日常を過ごすことができるようになりました。
そういう意味でも、クラブに入会させていただいたことは本当に良かったと思いますし、これからも末永く続けていこうと思います。
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◇最後に
私の話は以上になりますが、最後に、次にバトンを受け取っていただく方を紹介して終わりたいと思います。
次にバトンを受け取っていただくのは、福山事業所の硬式テニス部のレジェンド
SFオートモーティブT株式会社 SFAT開発部
塚原弘二さん
ちなみに、余談になりますが、塚原さん、郡山テニス部のメンバーの間では黒豹と呼ばれています。
確かに、狙った獲物は逃さない豹のような鋭さを持った方だとは思うのですが、その一方で、私自身は、気さくで穏やかな人間性も持ち合わせた方だとも思っているので、今回は、あえてレジェンドと紹介させていただきました。
ということで、余談はこのくらいにして塚原さんにバトンをお渡ししたいと思います。
塚原さん、バトンをお渡しますのでよろしくお願いします。

(金澤将人/SBS事業本部 SWS事業部)
≪シャープ横断♪バトンリレー≫とは…?
みなさんの人脈を駆使しバトンのようにコラムを繋いでいくという、太古の昔からある数珠つなぎ企画!第37走者はSBS事業本部の金澤さんでした。第38走者は、金澤さんからバトンを託された塚原さんです。お楽しみに♪